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ひよりげた

新美南吉


 あめが はれました。ジョウフクインの うらの やぶの なかに、やぶっかが わんわん なきました。月が でると ぬれた たけの はが ひかりました。
 ジョウフクインの うらの やぶの なかに たぬきが すんで いました。このあいだ うまれて まだ おちちに ばっかり くっついて いる こどもの たぬきと いっしょに、えにしだの 木の ねもとの あなの なかに すんで いました。
 おかあさんだぬきは こんや こどもの たぬきに、ばける ことを おしえようと おもって、あなの そとへ でて きました。えにしだの はなが、さっきの あめで おとされて そのへんに ちらかって いるのが、月あかりで みえました。
「さあ ぼうや、もう おちちから はなれなさいよ。」
 こどもの たぬきは それでも おちちを すって いました。
「さあ さあ。」
 おかあさんが、こどもの たぬきの おなかに 手を かけて、はなさせようと しても、こどもの たぬきの 口は おちちに ついて いました。
「いいかい ぼうや。」
「なあに。」
「ぼうや、なんに ばけたい。」
「お月さんに ばけたいの。そして おそらから みて いたいの。」
「ぼうや、おばかさんね。お月さんなんかには ばけられませんよ。」
 ぼうやの たぬきは こまったような かおを しました。
「いや いや、お月さんで なけりゃ、いや。」
 おかあさんだぬきは ぼうやの たぬきを だきあげて、
「こわいんだよ お月さんは。お月さんに ばけたりするとね、ほんとうの お月さんが おこって ばちを あてるのよ。それではね、かあちゃんが いま おもしろいものに ばけて あげるから まって おいでよ。」
 おかあさんだぬきは、こどもの たぬきを したに、おろしました。
「さあ ぼうや。おめめを つむって いなさいよ。かあちゃんが もう いいよって いうまで。」
 ぼうやの たぬきは、いわれたとおり、目を とじたけれど、りょう手で しっかり かあちゃんの 手を とらまえて いました。
「ぼうや、だめよ。かあちゃんの 手を はなさなくっては。」
「だって、かあちゃん いなくなるもの。」
「かあちゃん どこへも いかないから だいじょうぶだよ。そして、すぐに ばけてみせるから。」
「でも――」
「さあ、もう いっぺん おめめを とじて、ぼうや、とう かぞえなさい。とう かぞえたら 目を あけても いいよ。」
 おかあさんだぬきは、ぼうやが とう かぞえられないのを、ちゃんと しって いました。けれど ぼうやが 目を とじたまま、がってん がってんを したので すばやく ばけようと しました。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、ななつ、とう。」
 ぼうやの たぬきは、もう 目を あいて しまいました。おかあさんだぬきは、まだ すっかり ばけて いないから、あわてて しまいました。あたまが はげて、くろい ころもを きてる ところは ジョウフクインの おしょうさん そっくりでしたが、まだ 口には ぴんぴんと ひげが はえてたし、ふとい しっぽも だらりと たれて いました。
「あら、ぼうや、まだ だめよ。」
 おかあさんだぬきは、あわてて しっぽを ころもの なかへ かくしました。それでも おひげの ぴんぴん はえて いるのには きが つきませんでした。ぼうやの たぬきは あっけに とられて しまいました。いままで そこには おかあさんが いたのに、目をあいて みると、みも しらぬ ぼうさんが いたからです。
 ぼうやの たぬきは かなしく なって、
「かあちゃん。」
と いいました。
 どこか そのへんの 木のかげに、
「ぼうや ここだよ。」
と、かあさんの やさしい こえが するかと おもいました。けれど、どこからも おかあさんは でて こなくって 目のまえの しらない ひとが、
「なあに、ぼうや。」
と いいました。おかあさんの こえです。ぼうやは 目を ぱちぱち させて、その ぼうさんの かおを みつめました。
「かあちゃん。」
と もう いっぺん よんで みました。
「なあにったら、ぼうや。ふふふ、ぼうや、ばかされちゃったのね。かあちゃんですよ。」
 かあさんだぬきが、ぼうやを だきあげると、
「こんな かあちゃん いやだ。ほんとの かあちゃんが いいや。」
と すねました。
「こわいの。」
「うん。」
「こわかないよ、おかあちゃんだから。ぼうやも いまに、こんな ふうに ばけるように なるんだよ。」
「ぼうやには できないもの。」
「だからさ、いま かあちゃんが おしえて あげるのよ。」
 かあさんだぬきは、ぼうやを おろして、もとの すがたに なりました。そして、ぼうさんに ばける ことを いっしょうけんめいに おしえました。けれど ぼうやの たぬきは だめでした。あたまだけ じょうずに こぞうに ばけたかと おもうと、くろい 手が 二ほん にょきっと でて いました。くろい 手を しろい 手に みせるように おそわった ころには、ころもの したに かくして いた ちいさい しっぽが だらりと たれさがって いました。しっぽが ころもの したに まきこまれた ころには みみが いつの まにか、けの はえた たぬきの みみに なって いました。おかあさんだぬきは こまって しまいました。
「だめよ ぼうや、もっと よく おぼえなくては。」
 すると ぼうやは、ちいさな あくびを して、
「かあちゃん もう ねむい。」
と いいました。
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