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朗読兼定将司萩原朔太郎「喫茶店にて」

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売春婦リゼット

岡本かの子

 売春婦のリゼットは新手を考えた。彼女はベッドから起き上りざま大声でわめいた。
「誰かあたしのパパとママンになる人は無いかい。」
 夕暮は迫っていた。腹は減っていた。窓向の壁がかぶりつきたいほどうまそうな狐色に見えた。彼女は笑った。横隔膜を両手で押おさえて笑った。腹が減り過ぎて却っておかしくなる時が誰にでもあるものだ。
 廊下越しの部屋から椅子直しのマギイ婆さんがやって来た。
「どうかしたのかい、この人はまるで気狂のように笑ってさ。」
 リゼットは二日ほど廉葡萄酒ワインの外は腹に入れないことを話した。廉葡萄酒だけは客のために衣裳戸棚の中に用意してあった。マギイ婆さんが何か食物を心配しようと云いい出すのを押えてリゼットは云った。
「あたしゃやけで面白いんだよ。うっちゃっといておくれよ。だがこれだけは相談に乗っとお呉れ。」
 彼女はあらためてパパとママンになりそうな人が欲しいと希望を持ち出した。この界隈に在あっては総てのことが喜劇の厳粛性をもって真面目に受け取られた。
 マギイ婆さんが顔の筋すじ一つ動かさずに云った。
「そうかい。じゃ、ママンにはあたしがなってやる。そうしてと――。」
 パパには鋸楽師のこがくしのおいぼれを連れて行くことを云い出した。おいぼれとただ呼ばれる老人は鋸を曲げながら弾いていろいろなメロディを出す一つの芸を渡世として場末のキャフェを廻わっていた。だが貰はめったに無かった。
「もしおいぼれがいやだなんて云ったらぶんなぐっても連れていくよ。あいつの急所は肝臓さ。」
 マギイ婆ばあさんは保証した。序ついでに報酬ほうしゅうの歩合ぶあいをきめた。婆さんは一応帰って行った。
青空文庫


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