朗読者、朗読作品募集中です

峰松希匡

峰松希匡

この度、縁あって参加させていただく事になりました、『みねまつききょう』です。
さてさて、今回は初の?試み…と言う事で、太友豪さんオリジナルの作品を読ませていただきました!
作者さんを含め、お聞きいただいた方にどの様な空間をお伝え出来ましたでしょうか…。

語り、芝居、踊り…表現方法は色々ありますが、「空気」を造りたい…と言うのが、いつも私が目標とするところです。これがまた、なかなか難しいのですが。
聞いて下さる方が、少しでも日常とは違う空間を感じていただける様、精進致します!
今後も機会がありましたらよろしくお願いいたします。


「星をとる丘」  太友 豪


 星をとる人に出会ったことがある。
 わたしがまだ学生で、二十歳を過ぎて初めて学校をさぼり、初めて一人で旅に出たときのことだ。
 その人は、世界でも数少なくなってしまった機械に頼らない星取りだった。
 わたしがいままでであった誰にも似ていないその人と出会ったのは、蜜柑の香りでいっぱいの列車の中だった。
 大きなはずの列車が窮屈に感じられるほど、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
 本来なら二人がけの席に、無理矢理に三人、四人も詰め込まれている。
 わたしは、カラメル色の革の大きなトランクを椅子代わりにして何とか身を休めていた。
 夜通し北に向かって走る列車の中では、誰もが無口だ。
 もし誰かが咳(しわぶき)のひとつでもしたら、客をぎゅうぎゅうに詰め込んだ列車は爆発してしまうのではないだろうか。
 わたしは自分の子供じみた想像に小さく笑った。

 そしてわたしは吃驚しちまった!

 わたしの小さな笑いが、蜜柑の匂いでいっぱいの空気を振るわせる。それとほとんど同時に、列車が軋みをあげて急停車したのだ。
 乗客達はほんの少しの間だけざわついて、そして黙り込んだ。
 重箱の黒豆のように固まって動かない乗客達の中で、一人だけ立ち上がった人があった。
「星待ち丘……星待ち丘……当列車は水の補給のため三十分間の停車をいたします」
 すでに午前二時をまわっているせいか車掌の声も元気がなさそうだ。
 立ち上がったその人は、ずいぶん暑そうな格好だった。貧乏学生のわたしから見ても、みすぼらしい格好でもあった。ボロ布を何重にも巻き付けたような奇怪な服だった。
 その人は、ふと振り返った。その人の後ろ姿をしげしげと眺めていたわたしと、その人の視線が真正面からぶつかってしまった。
 しかし次の瞬間にはふいと視線を逸らして、その人は列車から降りてしまった。
 わたしはなぜか少しあわてて、座席に座ったままの乗客達にトランクをぶつけては頭を下げながら、その人に続いて列車を降りた。
 十分間停車するというのなら、何かあるのかも知れない。
 列車に乗っている間中、蜜柑の匂いに包まれていたせいでみかん水が飲みたくて仕方なくなってしまったのだ。
 瞬間的に耳が凍ってしまうかと思った。列車から駅のホームへと足を一歩踏み出した途端、吐く息は白く、カマイタチが潜んでいそうな鋭く冷たい風が身体から熱を奪っていく。
 羽織っていたコートのボタンをすべて留めて、襟を立ててもまだ震えは止まらない。
 みかん水が欲しかったけれど、いまは熱い番茶のひとつでも欲しい。
 小刻みに足踏みしながら、辺りを見回してみると其処は駅とも呼べないような場所だった。
 列車に水を補給する為なのだろうか、三メートルほどの台の上に大きなタンクが据え付けられている。
 そのタンクと列車は、消防隊が使うような太いホースで連結されている。
 あるものといえば、それだけで、改札すらもないようだった。
 そのときに初めて気付いたのだけれど、この駅には、照明すらないようだ。
 夜空を見上げてみれば、満天の星。街の夜空では、一人威張っている月が、今夜はやけに恐縮したように空の端にいる。
 なにもない、ひたすら寒いだけの駅。あの人は、なぜこのようなところで降りたのだろう。
「アルメニアの空みたいだ……か」
 とは、私の兄が首都大停電のときの夜に空を見上げ呟いた言葉だ。
「アルメニアの虐殺を知っているかね」
 いつの間にか、老人がわたしの後ろに立って空を見上げていた。
「いえ……」
 去年、アルメニアの虐殺を世に訴えたジャーナリストが、トルコ極右の十七歳の少年に殺されたこともあって、わたしでさえそういった事実は知っていた。
「これからどこへ行くんだね?」
「ええと……星を見に」
 とっさに出任せを言ってしまった。わたしの旅に目的地はなかった。列車に乗ってなるべく遠くに行って、帰ってくるだけ。観光ですらない。
「そうか。学生かね?」
 空を見上げていた彼は、視線をわたしへと向けた。見たことのない瞳の色。もしかしたら、彼はアルメニア人なのかも知れない。
 見上げるような長身に、マントかケープのように巻き付けられた布。彫りの深い顔はまるで、長い年月を経てきた岩のようだ。
「そのトランクの中身は観測道具かい」
「いえ、着替えや……身の回りの品です」
 その人は、わたしの答えを聞くと夜明け色に煙った瞳を細めた。
「身の回りの品を持ってか。きみはまるで旅人だな」
「そういう……あなたはどうして旅を?」
 その人にどう呼びかけていいのか、少し戸惑ってからその人は口を開いた。
「私達の旅は、ここでひとまず終わりだ」
 その人は自分のことを『私達』と呼んだ。やはりこの人はどこか遠い国の人なのだろう。
 『私達』氏は、ぼろ布のようなコートの隠しから、見事な銀時計を取り出してちらりと眺めた。
「列車がでるまでまだ時間があるな」
 大気がまるで氷のようだ。息を吸うごとに冷気が喉の奥を通るのがわかる。
「アルメニアの星取を知っているかい?」
 わたしに問いかけながらも『私達』氏は、ひょいとホームから背後に広がる丘へと降り立った。
「いえ……聞いたことがありません」
「そうか……私達は、アルメニアで、星取を生業としていた」
「星って。宝石のことですか」
 何となく『私達』氏の後を追うような格好になって、わたしもホームから小さくジャンプをして荒野へと降りた。
 トランクをひょいと背負って。


 今となっては凋落してしまった――もとい凋落することもなくわたしの生家は貧乏であった。
 わたしの父は、腕のいい指物師でいつも酒ばかり飲んでいた。金がなくなれば仕事をして当座の金は稼げたのだから、貧しくてもまずまず気楽な、楽しい生活だったのだろう。
 今以上に幼かった時分のわたしは、そんな父を軽蔑していた。時分の持てる力を出し尽くさないのは、つまらない生き方だと思いこんでいたのだ。けれども、もしも父が寝る暇も惜しんで仕事をし続けたとしたら、できあがってくるものは最近とみに増えた大量生産のつまらないものとほとんど変わらなくなっていただろう。
 わたしは、人間に生み出すことにできる『よいもの』とはいったい何なのかということが今もわからない。
 宝石は、いい。その美しさは、結局原石の良さによるところがいい。よい原石を丹念に磨き上げれば『よいもの』ができあがる。むしろよけいな手を加えないことが、宝石を扱う上での肝だ。
「……」
「どれ、列車が出る前に一つ捕まえられるといいのだが」
 星を捕まえるなんて、ホラにしても途方もない話だ。
「この丘はこの国で一番星をとるのに適している」
 『私達』氏は、ぼろ布の間から毛皮の手袋に包まれた手を宙に向かって差し出しながらつぶやく。
「……空気が澄んでいるから?」
 標高でいえば、この丘はそう高いところではないはずだ。ここより標高の高い山はこの国にいくらでもある。なにせここは列車の線路をお通せる程度の丘にすぎない。
「緯度が近いだけでなく、この丘に吹く風はアルメニアににている」
 『私達』氏は、川底に沈んだペンダントでも探す手つきで宙をまさぐっている。
「はぁ――」
 寒い。小高い丘の上で、風を遮るものがないせいか、空気そのものが凍り付いているようだ。
 いくら両手をこすりあわせても、とたんに熱が奪われていく。小さく足踏みをしているのだけれど、まるで冷気と踊っているようだ。
「ああ、つかまえた」
 『私達』氏は、宙に両手を掲げている。
 満天の星の下、銀色のシルエットが空から星をとる。
「……」
 わたしは空を見上げてる。星の数は、本当に一つ減ったのだろうか。
 どうも、減ってはいないように見える。
「これが私達アルメニアの星とりだ」
 『私達』氏は手袋に包まれた手でそっとわたしにそれを差し出した。中からライム色の光を発している、小さな小さな透明な結晶。
「カクテルに入れるのもいいし、小さく砕いてなめてもいい」
 天から取り出した星を、そんな風に使ってしまっていいものだろうか。
「これを君に送ろう」
 『私達』氏が星をわたしに向かって差し出す。
「そんな……お返しできるようなものを持っていません」
 これは本当の話だ。星がいくらするかなんてことには関係なく、わたしはびた一文だって、持っていない。
 白状してしまえば、わたしは列車の乗車券だって持っていないのだ。トランクの中には、本当に身の回りの品しか入っていない。
「これは私達から、あなた達への贈り物だ。どうか受け取ってほしい」
 そんな風にいわれてしまうと、なんだか受け取ることが義務であるように感じられてしまう。
 とっておきの、もらったきり使っていない手ぬぐいに星を落としてもらう。
「ありがとうございます」
 『私達』氏はほほえんで手を振って見せた。
 わたし達の背後で、列車が汽笛を鳴らした。もう、出発時刻になってしまったようだ。
 わたし達は、無言のまま握手を交わした。

 軽いトランクを担ぐようにして列車に飛び乗る。発車のベルは待ちかねたように真夜中の無人のホームに鳴り響く。
 車輪を軋ませながら、列車はゆっくりと進み出す。
 アルメニアの星取は、まるで祈るように両手を天に掲げていた。


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作品参加
太友 豪

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