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橘秀明
橘  秀 明

プロフィール

橘  秀 明(たちばな ひであき)
秀円 タッチ(ひでまる たっち)

Jプロダクション所属

関西を中心に、ナレーター・ラジオパーソナリティーをつとめています

eo光テレビ「ウォーキンGOOD」
FM845 水曜日「ピッカピカラジオ」AM10~PM12

上記はインターネットでどこからでもお聞きいただけます


蜜柑

橘  秀 明


夜勤明けの金曜日、大阪からJRに乗って京都方面に向かっていた。
十時半を過ぎても車内はけっこう混んでいる。
四人掛けのボックス席。うまく窓側に座れた。
隣は五十代のサラリーマン。向かいの二席は通路側に若い男。窓側の私の向かいには七十歳くらいのおばちゃんが座っている。
このおばちゃん、新大阪を過ぎた辺りから蜜柑を食べ始めた。
「あ~甘い・・甘いなぁ~」とひとりごと。
あきらかに我々を意識している。それでも他の三人が反応しないでいると
「甘いよ」とやっぱり話しかけてきた。
若い男は見向きもしない。五十代のサラリーマンは、聞かれる前から首を横に振っている。私は・・よせばいいのに目を合わせてしまった。眠いのにうるさいし、それにその蜜柑がいかにも酸っぱそうなのだ。
遠慮なく顔をしかめるのだが、おかまいなしにしゃべり続ける。「いいかげんにしてよ」と逃げたくなった。
仏頂面のまま聞いていると、何処にでもありそうな話、つまりは愚痴なのだ。
「もういま時分は嫁がパートに出かけたころ」だから高槻の家に帰るという。
その時、初めておばちゃんが窓の外に目をやった。遠くを見ている。私もつられて目をやった。都会の景色が流れては消えていく。
「どこに行ってたの?」横顔に語りかけてしまった。「お墓」おばちゃんは蜜柑に目を落としてこたえた。誰のとは聞けなかった。
そのうちに電車は高槻に到着した。おばちゃんは食べかけの蜜柑を袋にしまい込んで「よっこらしょ」と降りていった。
そして、ホームに出ると、窓からのぞいた私にニッコリ笑いかけて手をあげ、ゆっくりと階段に向かって行く。その後ろ姿を見ながら、私は後悔した。
せめて、笑顔を見せてあげれば良かった。
この駅を出たらそこには息子や嫁、孫が留守の小さな家が待っている。
墓参りに出かけてその帰り道、ふと誰かに話しかけてみたくなった。
それだけなのかも知れない。

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2018-01-22

Nao