錢形平次捕物控
初姿銭形平次 八五郎手柄始め
野村胡堂
明神下の銭形の平次の家へ通ると、八五郎は開き直って年始のあいさつを申し述べるのです。
「明けまして、お目出とうございます―― 。昨年中はいろいろ」
「待ってくれ、その口上はもう三度目だぜ、ごていねいには腹も立たないというが、お前の顔を見るたびごとに、一つずつ年を取りそうで、やり切れたものじゃない、頼むから世間なみのあいさつをしてくれ」
もっとも、三度目の年始に来た八五郎は、かなり酔っております。
「相すみません。悪気じゃなかったんで、余計分の口上は、来年の年始に回しておいて下さいよ、何しろ、目出たいの目出たくないのって、今年の正月は別あつらいで―― 」
「正月に出来合いも別あつらいもあるものか」
「そうともいえませんよ、今年の正月は、滅茶滅茶な大当たりで、私(あっし)はもう」
八五郎は長(なんが)いあごをなでまわして、髷節(まげぶし)でのの字を書くのです。
青空文庫
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